映画-い

『イングロリアス・バスターズ』

最初に「遙かなるアラモ」が(モノラルで?)流れると、おおっと思いぞくぞくしました。
でも「キャットピープル」はやり過ぎ。…ずっと昔からやりたかったんだろうな。

…好きだけども、何年もかけて作るような映画じゃないよなぁ。低予算映画にして、一気に作ったらもっと破綻と勢いが出たと思う。低予算映画の題材をお金をかけて作るとこうなってしまう、角川映画的な現象。

アクションを期待すると裏切られます。いつものように喋りばかりです(笑)。当時のドイツ映画ネタで、ニヤリとさせる部分もあるのだけど、それ以上に、また簡単にはわかんない小ネタがたくさんあるんだろうな、と思って観ていました。

ストーリーは、弄くり回しすぎて幹を覆うくらいに枝葉が伸び過ぎになって、本来面白くなるじはずの流れを見失ってしまったというカンジです。

悪役のSS将校が悪ノリし過ぎで、最後にはコメディにしか見えなくなった。『生きるべきか死ぬべきか』で変装した役者みたいに見えてきて困った。

こういうドイツ親衛隊ネタは、いくらでもブラックジョークにできるから、逆にシリアスとの境界線が難しいね。戦争というテーマは、いつものタランティーノ節で乗り切るには、歴史の真実と云うのは重た過ぎるのでしょう。過剰なバイオレンスが、戦争ではちがう意味が出てしまうので、これまでとはちがって無邪気に乗り越えられなくなったのが計算違いだったのではないでしょうか。

国家による合法的殺人という避けられないテーマが、サミュエル・フラーの『最前線物語』、アルドリッチの『特攻大作戦』『戦場』、ペキンパーの『戦争のはらわた』などでは、いくつもの「キャッチ22」的な戦争の不条理として、正気と狂気の境が曖昧になるどころか、完全に反転していき人間性が蝕まれる様子が描かれます。チャップリンの『殺人狂時代』の名台詞である「一人殺したら殺人犯だけど、百人殺せば英雄だ」というアイロニーが無い限り、どこまでいっても、戦争中に人殺しをやっているキチガイ集団にしか見えないのですね。主人公であるはずのユダヤ人部隊は、最初からこういうチームという、単なる描写にしかなっていないから、恐ろしい奴らと云うよりは、どちらかというと、不条理なスプラッター映画の狂人と変わらない。人間としても獣としても突き抜けていない。ヒロインや弱者が危険な立場に置かれるシーンでも、ドラマで追い込んでなくて、描写で追い込んでいるだけなので、現在のホラー映画の怖がらせ方のサスペンスと同じ演出になってしまっている。

だから、映画館以外のネタが弾けないんですよ。あれくらいがギリギリの狂気の沸点だと思うけど、まだ映画の温度が低い感じがします。それでもオマージュと云うかセンスが良いので盛り上がるのはタランティーノの映画の育ちの良さであり才能なのでしょう。

DVDで長〜い5時間くらいのUnCut版が出たら面白そうです。

映画館の最後の上映シーンは、モノクロとカラーが混ざって壮絶な美しいシーンになっています。ハンス=ユルゲン・ジーバーベルグの映画?とか思うのは考え過ぎ、かな(いや、観た事ないんだけどね…)。

ところで、歴史的にあの終わり方でいいの?

ジーバーベルグのサイト

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