ヴィデオゲームが映画に至る時代の忘備録

映画のヴァーチャル・プロダクション

映画とゲームの癒合と聞いて最初に思い出すのが、90年代後半あたりに読んだ雑誌で紹介されていたマシニマだった。FPSゲームのQuarkを操作してゲーム画面を撮影してCGI映画を作るという逆転の発想に大いに驚いた。これだとゲーム操作ができれば、例えばスターウォーズなどの映画を基にしたゲームでも、誰でも簡単に別視点からの映画や外伝が簡単に作れるのではないかと思っていた。

その前に94年にプレイステーションが登場した時に、銀座のソニープラザの大型プロジェクターで見た、グラフィックやゲーム演出の面白さに目を奪われて、その場から動けなくなった。もちろん即買いしてやり込んだ。翌年の日本映画ベストワンは「バイオハザード」だと言いまくって、映画関係者の顰蹙を買ったが、その後「ゲーム批評」誌で、伊丹+黒沢の「スイートホーム」が元ネタだとゲームディレクターが語っているのを読んで秘かに溜飲を下げたものだ。

94年にドリームワークスが鳴り物入りで結成されたときに、ウィンドウズ95でシリコンバレーを席巻したマイクロソフトと提携して、デジタルに疎かったハリウッドを揺るがしていた。その時に、マルチメディアブームと相まって登場したPCゲームが、「Steven Spielberg’s Director’s Chair」。これ日本語化されていたかな。店で輸入盤ソフトの箱を眺めていたんだっけか、AT互換機を持ってなかったから、購入しなかった。いま予告編を見たら、タランティーノが役者で出ていることを知った。

そういえば、この頃に学生時代の後輩にバッタリ会って、今何しているか訊いたら、ファイナルファンタジーの映画に参加していて、ハワイのスタジオに行っていると言ってた、そういう混沌とした時代だったと思う。

2001年頃にオープンソースのCGソフトウェア Blenderが出てきて、しかもアニメーション機能まで付いているので興奮した。ちょうどAdobeのAfterEffectsのサイトで、ILM出身のVFXアーティストが予算無し(no-budget)の短編『The Last Birthday Card』で、リアルな車の衝突事故、ヘリの襲撃、銃撃戦のシーンをVFXで再現していて、ここまで市販ソフトでリアルな表現が予算規模に関係なくできるのかと驚いた(現在は映像は見ることができないようだ)。彼がヴィデオで、フィルムルックを作るソフトを開発してことにも触発された。こういう流れが DOFアダプターへの関心に繋がっていった。ある意味 low-budget/no-budgetで、映画を製作する方法の模索については昔から一貫しているので、いまゲームエンジンにたどり着いたのは必然なのだと思う。

いま、ニール・ブロムカンプのOatsStudiosが、ヴィデオゲームとVFX映画の融合を模索しているのを見ると、何十年か経てここまで来たんだなあと改めて感心する。そして果たしてどこまで行くかとても楽しみ。

 

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