映画本-こ

ゴダール伝

そういえば、ゴダールの伝記ってなかったっけ、と記憶を探ってみる。確かに断片的に入ってくる情報は多いし、彼自身語っているものも多く、なんとなくゴダールについてはよく知っているような気がしていた。ヌーヴェルバーグってそういう個人的なことが語られることを良しとしている風潮があったしね。『軽蔑』の撮影のルポルタージュ形式で書かれた「気狂いゴダール」も面白かった。

本書には、映画専門書では触れられることがない事柄が多く書かれている。それは別にスキャンダラスなことではない。いままで重要とされていないと切り捨てられてきた部分だ。

  • ゴダールの生い立ち。裕福なフランスのプロテスタントの一族に生まれ育った幼少時代。医者の父と銀行家一族の母。スイス国籍のために、戦災にあわず、また兵役からも逃れられた。ソルボンヌ大学に入れたのも一族のコネではないかという推測。
  • 『勝手にしやがれ』は封切り前から議論を呼んでいた。「編集の仕方を知らない批評家が作った駄作」か「第二のオーソン・ウェルズ」か。そのあたりの宣伝戦略に、フォックスの宣伝部にいたゴダールの知恵が生かされているのではないかという推測。そしてパリで最良の映画館のうち四館で「大作映画」同様な、昔ながらの華やかな初日を催した、とのこと。
  • 『気狂いピエロ』で第一期が終り、ラウール・クタール、シャルル・ビッチ、シュザンヌ・シフマンらが抜けて、『男性・女性』から製作チームがガラリと入れ替わったこと。
  • 政治の時代の彼の動きが詳細に描かれている。世間の動きと連動して作品が生み出される様子。またマオイスト(毛沢東主義者)としてのゴダールの肖像。辺境から撃て!あるいは知的労働と肉体労働に差異を求めない部分は、68年以降の彼の映画に対するアプローチとして一貫していないだろうか?スイスの片田舎に住みながら、技術スタッフに過度の作品への参加を求める姿勢は、単に映画という家族づくりという美しい話よりも、どちらかというとあくまでも政治的な延長という妄執を感じる。
  • ジガ・ベルトフ集団の解体後にはじまるアンヌ・マリー・ミエヴィルとの共同作業。ビデオ=テレビの時代。そして『勝手に逃げろ/人生』で映画界に完全復帰をするために、精力的に世界中を巡り宣伝活動に参加しどんなインタビューでも受けたこと。コッポラのゾーイトロープに近づいたのもこの時期。『パッション』の撮影は、ヴィットリオ・ストラーロが予定されていた!『パッション』は『ワン・フロム・ザ・ハート』の舞台裏のパロディーか。また一方ではトリュフォーから決定的な決別を受けた時期でもあった。
  • 『映画史』について原典探しの風潮を諌めながら著者はこんな指摘をする。

ゴダールが、『映画史』によって、象徴界の問題、社会における自分自身の場所の問題、別の言い方をすれば、映画に対する信仰の問題を、彼の父祖たちのヨーロッパ的な信仰――芸術・科学・宗教の信仰――との関係において追い求められるような形式をえたことは、ほとんど疑う余地がない。ゴダールが今後、自作に出演したり、伝記的な企画に関心を持ったりする必要がないことは、驚くにあたらない。彼はいまや、映像の中に自分自身の場所を見出す方法、映画という物語の中に父の機能――絶対的権力という幻想の死を認めながらも、どうすればその死があらゆる欲望の放棄を引き起こさずにすむかというモデルを差し出すような父の機能――を見出す方法をもっているのだ。

  • ゴダールは、「自分をまずフランスの映画作家だと見なしている。そしてアメリカの単一文化に対して、ヨーロッパの官庁による障壁を設ける必要がある」と考えていた。彼の描くアメリカ人の登場人物のステレオタイプさ加減はここに遠因がありそうだ。さらに言えば、「ゴダールの関心、想像力を支配しているのは、若い頃に見たアメリカ映画ではなく、フランスのレジスタンスへの脅迫観念とそのロマン主義化だ」、という指摘は面白い。『映画史』が語る近代欧州への歴史観の不思議なパースペクティブの乱れと歪みはそういうことだったのか。私は『映画史』が後半になるほど、過去のハリウッド映画への憧憬と過度のヨーロッパロマン主義への憧憬の混同をなんとなく感じた。それはゴダール自身が歴史を実際に体験していないことへの焦燥と、一方で映画のファインダー越し、モニター越しでも編集すればいいじゃないかというアンビバレンツな感情かつ感傷があるのではないだろうか。

著者は、BFI(英国映画協会)にいた人物で、ゴダールとも長年の親交がある。1995年の映画100年を記念するドキュメンタリー番組のプロデュースをしている。かなり客観的な資料をもとに、評伝を書いている。スキャンダラスな暴露的なエピソードが無いので、読んでいて刺激は少ないが、ゴダールが書いた幾冊もの本、映画を補完するサブテキストとしては最適です。

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