[ゴダール再考]を補足する

メインストリーム――文化とメディアの世界戦争
知られざるハリウッド・クラッシック Vol.4 「プレコード インモラルとアウトローの世界」 アフタートーク

キネマ旬報2015年1月下旬号に「特集「さらば、愛の言葉よ」[ゴダール再考]最先端映像テクノロジーヲタク、ゴダールを追え!」と題した記事を執筆しました。内容はこれまでブログを中心に書いてきたものをまとめ直しています。涙を飲んで(?)端折ったところもあるので思いつくあたりをもう少し詳しく書いてみます。

ゴダールに関してはいつも「ヌーヴェルヴァーグ」「60年代の斬新でポップな」「過激で政治的」「女たちと愛」といったたくさんのキーワードが並びながらも、その全容となると漠然として掴みづらい印象があります。特に68年から一度商業映画から離れてしまってからは、「ゴダール伝説」がひとり歩きして誰も触れることができない殿堂入りのようになっていますから褒めておこうという空気が蔓延しています。あるいは逆に私の見ている映画とは関係ないものだと思ってしまうかのどちらかになっているのではないでしょうか。

果たしてゴダールは既存の映画からは理解や解釈ができない孤独で哲学的な芸術家なのだろうか。彼が毎回天才的な閃きだけであっと言わせる映画を作り続けてきたのだろうか。画家のパブロ・ピカソを時代別に見ると「青の時代」「キュビズムの時代」などと区分されて紹介されます。その時代ごとのスタイルは変化しますが、なぜその変化が起きたのかは彼の作品や発言を辿ると理解することができます。ゴダールの場合も同様に彼の作品や行動を辿り発言を注意深く読み解くことで、なぜ「さらば、愛の言葉よ」が3Dで製作されるに至ったかを知ることができるでしょう。じつは本編の中に『ピラニア3D』のフッテージがちらりと引用されています。『アバター』を製作・監督したジェイムズ・キャメロンの(フィルモグラフィーから消されている)デビュー作が『殺人魚フライングキラー(または『ピラニア2』)』(81)なのです。これはゴダール流の皮肉なジョークでしょう。

ゴダールは『勝手にしやがれ』から一貫してハリウッドとの距離を測ってきました。ハリウッドが圧倒的なテクノロジーと物量の伝播によって映画史を塗り替えていく様を眺め映画について考察を重ねてきました。その一方でより自由で個人的な映画を製作するためにヴィデオテクノロジーへの興味を失うことはありませんでした。スイスにある彼の自宅に備え付けられて最新のヴィデオ編集スタジオは、画家のアトリエの延長にあると言ってもよいでしょう。

この相反するふたつのテクノロジーは、「映像のデジタル化」によって融合します。絵の具箱を抱えて森のなかでカンバスを広げて描くように、ポケットの中でハリウッドと同レベルの映像と音声が誰でも生み出すことができる時代が来たのです。ゴダールはこの時代をある意味では『勝手にしやがれ』のときから熱望していたといっても良いでしょう。彼がこれまでに何度も述べてきた「私だけが真のヌーヴェル・ヴァーグだ」という発言の真相はここにあるのでしょう。彼の作品はすべてが習作であり映画についての実験作品(実験映画ではない)なのだ。完成とは画家のようにこれ以上は描くことがないと筆が止まってもう動かなくなる時に過ぎない、すべてはプロセスなのだ。

また過去も現在も自己も他者も解体しながら、再びすべての映画/映像と音声は同価値であり再創造されるコラージュの手法は『ゴダールの映画史』の完成から、十数年後にYouTubeで私たちの日常の姿となっています。現在複数の映画史が世界中の個人の手で数限りなく生み出されているのです。私たちが映画=フィルムと考えている間にさらに深い場所へと進んでいき、何年も先に進んでいるのです。果たして彼以外に映画とテレビの歴史を深く考えている映画/映像作家や批評家はどれくらいいるでしょうか。常に未来を預見しながら生み出すことも作家のひとつの大いなる仕事だと思います。

次にゴダールが向かう方向はVR(ヴァーチャル・リアリティ)ではないでしょうか。スマートフォンが街中に溢れいたるところに無数のモニター画面が存在する現在、これまでの単一の時間を共有する映画スクリーンの概念を壊すことで、映画の限界を越えて拡げていく姿が予想されます。逆にHFR(ハイ・フレーム・レート)の48pは興味がないのではないか思います。すでに70年代にスローモーションを多用した実験を開始して、アナログ・ヴィデオを駆使したテクノロジーとの戯れは既に完成の域に達しているのではないでしょうか。この試みはサイレント映画の16コマのほうがトーキー映画の24コマより美しいのはなぜかという疑問から始まり、ブライアン・デ・パルマのハリウッド映画『フューリー』(78)のスローモーション・シーンに驚き考察を重ねて、『勝手に逃げろ/人生』(79)の間欠スローモーションとなって表現されました。

永遠に絶え間ない荒々しい波を自ら生み出す、世界で一番若々しく瑞々しい映画/映像作家の現在進行形の試みをぜひ3Dでご覧下さい。

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