映画本-ぬ

ヌーヴェルヴァーグの全体像

カイエ誌や映画作家史観ではなく、「映画史研究の近年の動向である経済的技術的背景の分析に重点を置く」という著者の言葉通り、包括的な内容で資料と事実をきちんと解析している。1957年に週刊誌「エクスプレス」が世代交代のスローガンで使った「ヌーヴェルヴァーグ」という言葉がひとり歩きして、成立間もないフランス文化省とCNC(国立映画センター)が管轄するユニフランス・フィルムが、カンヌ映画祭でトリュフォーやレネの作品を中心にキャンペーンを張ったのことがヌーヴェルヴァーグの名前を決定的にしたと看破している。『大人は判ってくれない』の製作と公開のあいだに第五共和政が誕生するのは象徴的。アラン・レネはアンドレ・マルローの娘婿だった…。一方当時のカイエ誌編集長だったアンドレ・バザンは思想的には穏健左派で、トリュフォー、ゴダール、ロメール、リベットたちの過激さには懐疑的で「どうして<ヒッチコック=ホークス主義者>であることができよう?」の文章は彼の態度を明確に示している。ただし彼自身が「若きトルコ人たち」と名づけた彼らの才能は買っていた。トリュフォーが寄稿していた「アール」誌は右派の雑誌であり、彼やカイエの仲間が攻撃した良質的なフランス映画を作っていたのは、第四共和政の穏健的な左派映画文化人。そう考えると『勝手にしやがれ』が年長者を苛立たせたのはネトウヨのベルモンドが公序良俗を破壊して本音で行動したチンピラ映画だったからではないかと考えられる。当時のゴダールはどちらかというと右の思想を持っていたという。

ヌーヴェルヴァーグは、社会主義やマルクス主義を基盤とする保守的な左派文化人や映画技術者で凝り固まった映画業界を、右派のド・ゴールとマルローが扇動して素人の若者たちが破壊した早すぎた「文化大革命」なのか。世界各国でも似たような映画運動は起きたが、国家が絡んでいるのはフランスだけか?冷戦時代のソビエトの社会主義リアリズム芸術に対抗して、西側の「自由」を宣伝するためにジャクソン・ポロックらの抽象芸術をCIAが資金援助した歴史的事実と同じ目線で、仏ド・ゴールの政治的キャンペーンとしてのヌーヴェルヴァーグを見ることも必要だろう。また、次のヌーヴェルヴァーグへの影響関係の指摘は興味深い。

【影響関係の要約】

(1)ネオレアリズモ

(2)ドキュメンタリー映画

(3)アメリカ映画

(4)テレビ

(3)はアメリカB級低予算映画だろう。ここで注目したいのは、製作されたヌーヴェルヴァーグ映画は、伝説的に言われる(3)より(2)と(4)の影響が大きいことだ。「文学の影響を受けたシナリオ重視の映画から、ドキュメンタリーとテレビの影響を受けた視覚への刺激優位で生活風俗を描いたより抽象的な映画」になったということもできないだろうか。ヌーヴェルヴァーグが行き詰まったのは観客が「これならテレビで見ることができる」と思ったからではないか。そして生き残った監督たちも古典的スタイルの映画に回帰していく。実際にフランスの映画興行に影響を与えたのは1年半くらいだったという。フランスの映画業界に与えたインパクトについてもきちんと興行の数字を出して考察している。

ヌーヴェルヴァーグの影響について、フランスの映画評論家、バルテルミー・アマングアルは1950年代に社会主義国を含む世界中で「新しい波」が出現していることを指摘している。

まず批評が、美学・イデオロギー・倫理次元での新旧対立を演出する。一、二の雑誌が一般に狭き門ーーインディペンデント・プロダクション、とるに足りぬ予算、限られた技術スタッフ、デビューしたての俳優たちーーを通って業界に乗り込んできた、変化の担い手たちを支援しようと身を乗り出してくる。そうしたすべての者たちには、ネオレアリズモ(当時東欧では上映が禁止されていたが)の具体例、またドキュメンタリー映画の教えと多くの場合実験的手法が影響を及ぼしている。映画が流通し始めると、外国から称賛的反響が舞い込むようになり、メディアが介入してくる。シネクラブやシネマテーク、映画祭、実験作の流通、専門誌などで準備教育を受けた若い観客たちも、新しい試みに理解を示す。映画関係学校に火が付く。映画関係の官僚や製作者たちも心が動いてくる。ついに運動が発進する。数年にわたる発火、承認、ときには本物の成功の時期を経て、運動は解体するか業界に編入される。

これはイギリスの「怒れる若者たち」、アメリカのドキュメンタリー「ダイレクトシネマ」やジョン・カサベテス、ポーランドのイエジー・スコリモフスキー、チェコスロバキアのミロス・フォアマン、ブラジルの「シネマ・ノヴァ」とくに知られるのはグロウベル・ローシャ、そしてイタリアのパゾリーニ、ベロッキオ、ベルトルッチ。などの活動を見ていると理解できる。

内容的にバランスのとれた入門書として最適の書だとおもいます。

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