映画本-お, 映画本-し

女優 岡田茉莉子


すべて自筆というので、どんなタレント本に仕上がっているかと危惧していましたが、なかなか読み応えがある文章になっていました。さすが文芸春秋社、よい仕事をしています。

何度も出てくる言葉、「岡田茉莉子が岡田茉莉子という女優を演じる」にすべてが集約されている気がします。
サイレント映画の人気男優、岡田雪彦の娘に生まれ、幼い頃からその美貌で目立っていた。父は岡田茉莉子が生まれてすぐ亡くなっている。母親(元宝塚)やその妹(元宝塚)、その夫の東宝演劇のプロデューサーという家庭環境から、高校卒業後に、東宝のニューフェイスに、そしてあっという間のデビュー。

岡田雪彦の娘だからと妬まれる、あるいは岡田雪彦の娘なのにダメじゃないかと思われる。スターが陥る自意識過剰とその反動の自己卑下、そしてそれを凌駕する運命論の肯定。
それを素直にあからさまに書いているところに好感が持てる。というかここまで書くのか!というカンジを持ちました。ちょっと新派入っていますが…。

わたしは吉田喜重の映画が苦手でほとんど観ていないので、夫唱婦随の現代映画車の件は、あまり楽しむことが出来ませんでした。そのあたりが全体の半分を占めているので、映画黄金期を懐かしむ本とはちょっと趣がちがいます。

小津安二郎に吉田が「あなたの映画は古臭い」と喧嘩を売ったあと、松竹の監督会の新年会で、最年長の小津が末席の吉田の所に降りて、2時間無言で酒を酌み交わした有名な事件があった。そのあとに岡田と吉田が婚約を発表し、末期ガンで入院していた小津を病院に訪ねると、

 これ以上は、留まらないほうがよいと思い、立ちあっておられた佐田さんと顔を見あわせたとき、小津さんは低くつぶやくように、「映画はドラマだ。アクシデントではない」といわれた。そして、眼を開けられると、小津さんは吉田監督のほうをご覧になり、「映画はドラマだ。アクシデントではない」と、同じことを繰りかえすようにして話された。吉田監督が小津さんの顔を覗き込むようにしてうなずくと、ふたたび小津さんは眼を閉じられてしまった。
 それが私たちの耳にした、小津さんの最後の言葉だった。

前述の2時間の最後に小津がつぶやいたという「映画監督は所詮橋の下にこもをかぶって客を引く女郎だよ」や「豆腐屋には豆腐しか作れない」という言葉よりも、こういう人間臭いというか鬼気迫る言葉はいいな。全く枯れていない。わたしはこういう生臭さが小津のダークサイドであり真骨頂だったと思う。長生きして疎まれて時代に乗らない失敗作を撮って欲しかったと思う。

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